2023年9月18日

NHKをつけてたらたまたま始まった番組に釘付けになった。

www.nhk-ondemand.jp

現実の記者会見を振り返り、ドキュメントに仕立てるという新しい試み。

俎上に上げられたのは、2018年11月2日に行われた記者会見。

内戦下のシリアで武装勢力に3年4ヶ月拘束されたフリージャーナリスト、安田純平氏の会見だ。

番組でインタビューを受けたのはその場にいた記者たち3人。

テレ朝・羽鳥慎一モーニングショーの岡安弥生

毎日新聞藤原章生

デイリースポーツの北村泰介。

所属も背景もバラバラな3人。当たり前ながら三者三様の視点、振り返りがあってとても面白かった。

岡安リポーターの言葉で印象に残ったのは、安田氏に「色がない」「表情がない」ということ。普通は何らかの色を感じることができるという。それがない。ときに解放されたばかりのこと、長年の拘束生活が感情を奪い去ったのも無理はないことだろう。

それでも質疑を受けるなかで、隠しきれない感情があらわれでる。

記者会見の場は、登壇者の人となりが出てしまうもの。隠そうと思っても隠し切れるものではない。言葉の端々にも仕草にも如実にあらわれてしまう。会見に臨む者が自らを曝け出す他ないのであれば、記者側だって安全地帯から参加しちゃダメなんじゃないか。岡安リポーターのそんな振り返りが心に残っている。

藤原記者で印象に残ったのは、安田さんは本当にジャーナリストなんだなあという言葉。何を言ってるんだ当たり前じゃないかと思われるだろうが、この会見はそもそも「報告30分・質疑応答30分」の予定だった。それが報告だけで1時間50分と大幅にオーバーしたのだ。それもこれも拘束されるに至った経緯や向こうでの生活について、微に入り細に入り報告をおこなっていたからだ。進行役が「まとめて」と紙を差し入れるのも聞かず、安田さんは淡々と話し続けていたという。まさに「ジャーナル=日録」を報告していたわけだ。

岡安さんが途中ダレて聞いていた報告を、戦場モノを得意とする藤原記者は聞き逃していなかった。

安田さんがシリアに入るとき「当初依頼するはずだったガイドの、兄弟の知り合いみたいな人」に導かれて入国したという話だったが、普通なら現地案内役の選定には慎重になるものだという。そこでぶつけた質問が「助手の選定が大事だがどういう根拠で信用したのか、過ちだったと思われることはないか?」。「凡ミスだった」と回答する安田さんを、ちょっと人を信用し過ぎるところがあるのではないか?と分析している。

イラク水滸伝』の高野さんも、イラクソマリアという“危険地帯”で取材しているが、準備は周到そのものだ。あらゆるツテをたどっていつの間にか信頼できるガイド役にたどり着いている。

その安田さんの、悪い意味での良い人ぶりを、良い側面から伝えたのが北村記者だ。

北村記者の所属はスポーツ紙、専門はプロレス。なので通常は記者クラブの会見になど来ないのだという。この会見は誰でもウェルカムなので、参加することができたというわけだ。

北村記者は質問をしなかった。聞いてみたいことはあったけど、この場では“くだらない”質問と思われかねないものなので、やめておこうという判断をしたらしい。普段参加しない記者会見で、北村記者が観察したのは安田さんではなく記者たち。記者たちの反応だ。

そんななか、ある記者から一つの質問が投げかけられる。

「内戦下でのシリアで拘束中に民主化の動きを感じたか」。

思わず黙り込む安田さん。30秒あまりの沈黙の間、記者たちのタイピング音がピタリと止まったという。記憶をたぐり寄せながら言葉を探しながら答える彼に、誠実な人柄を感じ取ったという。

会見が終わって「主人公」が退席してからも、参加した記者たちの他愛ない言葉を拾っていたのが面白かった。記者会見の主だけでなく、ギャラリーたる記者たちにも目を向けるとは、普段参加しない記者ならではの視点だ。

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結局、会見は2時間42分に及び、日本記者クラブ史上今世紀最長の記録を叩き出した。

藤原記者は記者会見で飽き足らず、その後別に安田さんにインタビューをしている。

テレビではその一部「拘束中見た夢の話」が紹介されていた。拘束中妻と過ごす楽しい夢を見たが、目覚めて絶望したという話だ。普段悪い夢なら目が覚めて安心するが、この状況でいい夢を見て目覚めるのは本当に堪えるものがあったそうだ。

mainichi.jp

記者会見は予定調和のつまらんもので、記者たちの質問も大したものじゃないという偏見があったが、こうしてドキュメント仕立てで見せてもらうと、その実水面下では戦場のような丁々発止のやり取りがあるものだなあと感心させられた。